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離婚体験談

 
 

「僕の体操服」

 離婚相談に事務所を訪れた女性は一目で顔が殴られているとわかるくらいに青く腫れていた。

 だっこされた子供はまだ1才くらい、手をひかれた男の子は小学生だった。
 「実は再婚していまして、上の子は前の夫の子供です。今の夫とは下の子ができたので結婚しました」幸せだったのは最初だけだったと言う。

 夫は初婚で今まで給料を自分のためだけに使っていたのが、家族ができたことによって取り分が減ったと嘆いていたそうだ。酒もあびるように飲む。そして酔うと暴力をふるった。鼓膜を何度か破られたので、右の聴力は落ちていると話してくれた。
「同僚の奥さんは看護婦で俺以上の稼ぎを持って帰るのに、お前は俺にいくらもって来ない。隣の奥さんだって自宅で英語教師をしてガンガン稼いでいるそうじゃないか。お前に学がないばっかりに俺はえらく損をしている」と文句を言うのだという。

 彼女は自分が至らないせいだと誰にも相談できずにいた。連れ子再婚も負い目になっていた。もし夫の暴力が彼女だけに向けられたものだったら、そのまま一生を終えていたかもしれない。しかし「上の子は小学生ですし、何かとお金がいります。その度に長男に辛く当たるんです。お金は出さないの一点張りなので昼はパートに出始めました。
実は長男には普通学級に止まれるかどうかのわずかな知能障害があります。本人も通信教育で非常に頑張っていて、それを絶対継続させてあげたいと思って、朝は新聞配達もしました。赤ちゃんを置いていくと叱られるので、背負って配り続けました。氷点下になるのでこの子の耳は、いつも切れているんです」
 彼女は恥かしそうに赤ん坊の耳を隠した。そんな矢先に夫は失業。解雇だったのでしばらくは手当てがでたが、失業給付期間が過ぎても夫は働こうとはしなかった。

 「俺が今まで働いたんだから今度はお前の番だ」 そう言い放って。
彼女はフルタイムの仕事に変わったが、夫は家事育児を手伝うわけでなく日中から酒とパチンコ三昧。彼女は残業も多く保育園のお迎えにも間に合わないが、夫は送迎もせず勿論ご飯も作らない。それで彼女は一度保育園にお迎えに行き、夕食の支度をして、また仕事に戻った。その上、夫は酒代や賭け事代欲しさに彼女に夜にも仕事をするよう迫ったと言う。夫にも働くよう頼んでみたが、頭蓋骨が変形する程に殴られたという。それ以来夫に頼むのは止めたそうだ。いや正確には恐くなったのだと思う。
なぜなら

 「そんなに働くのは大変でしょう」と聞いた時に「いいえ、家にいる時より外で働く方が楽です」と答えたからだ。
 仕方なく夜の勤めも始めたが深夜に帰宅するとおねしょをした長男が下半身裸で外に出されていた。みぞれも降るような寒い日のことなので、彼女はビックリした。長男は体が青くなるまで冷えており、心の底から凍死せずに良かったと胸をなでおろしたという。

 そろそろ限界が近づいていた。「離婚」の文字が浮かぶ。意外にもそれを泣いて止めたのは長男だったそうだ。「弟に僕のような父親のいない淋しさを味あわせたくない。僕が我慢すればいいんだから」

 が、事件が起こった。
長男の体操服を大きいサイズに買い換えたかったので、彼女は辞めていた新聞配達を長男と一緒に再開していた。小さいまま着ているのはもうクラスで長男だけだったのだ。自分で働いてようやく手に入れたお下がりではない新品の体操服。長男は誇らしげで大喜びだった。初日はそれをパジャマ代わりに着て寝たくらいだと言う。
 なのに次の日、夫はタバコの火を長男が着たままの体操服に押しつけ、焦げた穴をわざと開けた。

「こんなものより酒を買ってこい」という理由で。

 彼女は少ない睡眠時間を削りなんとかその穴を、長男の名前入りワッペンを作り縫いつけて隠した。涙が止まらなかったという。
 そして、彼女が離婚を決意したのはこの事件のすぐ後だった。もっとひどい事になったのだ。

「記憶がなくなっていたんです」

 体操服事件が長男の記憶からごっそり抜け落ちていた。余りに辛い事に対する防衛反応。このままでは子供の人格が崩壊すると思った彼女は離婚したい旨を夫に告げた。夫は激しく逆上し彼女を蹴り上げたという。それまで淡々と語っていた彼女が、その時初めて声を震わせた。

「夫がもう一度蹴り上げようとした時にこの子が…やっと歩ける様になったばかりなのに。私の前に来て立ちはだかったんです」

 彼女は赤ん坊をギュっと抱き締める。長男も母親からその話を後から聞いて、今度は泣かずに離婚を納得したという。

 離婚調停では医療機関に残っていた普段の暴力の事実が証明され、夫に不利に進んだ。最後には無事に慰謝料養育費ともに獲得できたのだ。親権も彼女に渡った。そしてこれからは3人で幸せを紡いでいくために頑張りますと彼女は笑顔で事務所を後にしていった。

 

 
     

 

 
 

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